和歌山地方裁判所 昭和41年(行ク)1号 決定 1966年6月14日
申立人 伸順久
被申立人 和歌山県公安委員会
主文
被申立人が申立人に対し昭和四一年四月二八日なした申立人の運転免許(普通、二輪自動車第一種、大型、普通自動車第二種、第A一三四六二九号)につき、同日から同年一〇月二四日まで一八〇日間停止する旨の行政処分の執行は、本案判決が確定するまでこれを停止する。
申立費用は被申立人の負担とする。
理由
第一、申立人代理人は主文第一項と同旨の決定を求め、その申立の理由の要旨は次のとおりである。
一、申立人は被申立人から主文第一項記載の運転免許を受け、株式会社中村タクシーに運転手として勤務する者である。
二、申立人は被申立人から昭和四一年四月二八日右運転免許を同日から同年一〇月二四日まで一八〇日間停止する旨の処分を受けた。
被申立人が右停止処分をなした理由は、申立人が同年三月四日午後九時五〇分ごろ、前記中村タクシーの自動車(和五あ四一六五)を運転中、和歌山市平二八〇番地先紀北紡績株式会社正門前附近路上において通行人森下信次を安全運転義務に違反して死亡させたというのである。
三、しかしながら右森下は自ら申立人の自動車に飛び込んで自殺したものであり、また申立人は何ら安全運転義務に違反していない。即ち申立人は前項記載の場所にさしかかつた際前方約三〇メートルの道路右端に右森下が立ち止つているのを発見し、そのまま一四メートル位進行したが、そのとき突然同人が申立人の自動車めがけて飛び込み自動車の前方下部に当つて死亡したものである。従つて右森下の死亡について申立人には何ら過失がない。
しかるに、被申立人は申立人の安全運転義務違反により森下を死亡させたものとして前記処分をなしたものであるから、右行政処分は違法なものとして取消されるべきである。
四、そこで申立人は和歌山地方裁判所に対し右行政処分取消の訴(同庁昭和四一年(行ウ)第二号)を提起したが、申立人は自動車の運転に従事する労働者であつて、それによつて得られる賃金が唯一の生活手段であるので、右行政処分が執行されるときは、後日申立人が本案訴訟で勝訴の判決を受けても回復し難い損害を蒙むるおそれがある。
五、よつて、右行政処分の執行の停止を求める。
第二、本案訴訟が当裁判所に提起され係属していることは、当裁判所に顕著であり、申立人に対し、その主張のような運転免許停止処分がなされたことは本件記録によつて明らかである。
そこで、執行停止の理由があるかどうかについて検討するに、本件記録によれば森下は日常異常な言動の多い常人と異る精神異常者であつて、以前にも海中へ飛込んで自殺をはかつたが果さなかつたことがあり、本件交通事故は珍しくもタクシーに対する飛込自殺という特異な事案で、その死亡は自殺行為であることがほぼ疏明されており、他方申立人の安全運転義務違反の事実については、一概にこれがあつたものとは断定し難いところである。尚仮りに申立人に安全運転義務違反があつたとしても森下の死亡が右義務違反の結果生じたものとは認め難い以上、被申立人の本件処分はやや重きに失するものとも考えられ、本案訴訟における審理の結果如何によつては右行政処分の取消される蓋然性が相当大であり、一方右処分の執行によつて申立人はその間運転ができなくなり、収入の低下を来し、(その具体的金額は明らかでないが)生活にかなりの影響を及ぼし、その蒙る経済的損害は行政事件訴訟法第二五条第二項にいわゆる処分の執行により生ずる回復の困難な損害にあたり、これを避けるために右処分の執行を停止すべき緊急の必要があるものと当裁判所は考える。
本件交通事故が特異な事案だけに行政処分の執行停止における回復の困難な損害、緊急の必要の要件は、かなりゆるやかに考えてもよくはなかろうか。
そうだとすると、申立人の本件申立は理由があるからこれを認容し、申立費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 林繁 山路正雄 清水元子)